文化論

10.⭐️日本(1960~70年代) まとめ

<<チェックポイント>>

文化論では、明治時代・大正時代・昭和時代(戦前)・昭和時代(終戦後)の

  1. 断髪令と髪型
  2. 理髪用具の国産化と髪型
  3. 日常生活の西洋化
  4. パーマネントウェーブの導入
  5. 男性髪型の名称
  6. 女性髪型の名称
  7. 洋装のはじまり
  8. 男性社員の服装
  9. 職業婦人の服装
  10. 戦時体制と服装
  11. 流行の流れ

が【重点項目】とされています。要チェックです。

はじめに

1960~70年代頃の日本は、朝鮮戦争の特需景気の影響もあり、高度経済成長期に入っていきます。

GNPがアメリカに次ぐ世界第2位となり、しだいに豊かになっていきます。

コスメは、機能が細分化種類が多様化し、服もおしゃれなものや、アンチテーゼの意味合いを持った奇抜なものが増え、

そして、1970年代には、余暇をたのしむために海や山へのレジャースポーツなども流行するようになります。

それではいきましょう!

*時間のない方は、さいごの総まとめだけみてもOKです!

髪型

男性はどんな髪型だった?

1960~70年代に、話題になった男性の髪型には、以下のようなものがありました

  1. アフロヘア
  2. 長髪(モッズルック)
  3. マッシュルームカット

①アフロヘア

1960年代半ばに黒人解放運動が起こると、黒人の縮れた髪がアフロヘア・スタイルとして話題となりました。

日本においてもアフロヘアは登場ました。

ブラックイズビューティフル!!!

②長髪(モッズルック)

1960年代の後半には、世間へのアンチテーゼの意味合いを持つ長髪のスタイルが見られるようになります。

長髪にして、戦争や学校の体制に反対の意思表示をしていたんだね

そこから、1970年代になるとアンチテーゼの意味合いは薄まり、「男性なのに髪が長いのはおかしい」という意識も変わっていきます。

長髪にコールドパーマをかけたりもしていました

③マッシュルームカット

1966年には、ビートルズが来日し、その影響でマッシュルームカットが流行します。



女性はどんな髪型だった?

1960~70年代に、話題になった女性の髪型には、以下のようなものがありました

  1. ジオメトリックカット
  2. ウルフカット
  3. サスーンカット
  4. サーファーカット

①ジオメトリックカット

1963年 ヴィダル・サスーンが、ジオメトリックカットを発表し、話題になりました。

②ウルフカット

1970年ごろからウルフカットが女性の間で流行します。

襟足あたりを長めにして、段々に削いでいくため、段カットとも言われた。

パーマをかけるとエレガントに、そのままだと野性的な雰囲気がある髪型です。

③サスーンカット

イギリスのヴィダル・サスーンによる幾何学的なサスーンカット(ボブスタイル)が来日(1970年)を機に紹介され話題になりました。

しかし、斬新・独創的過ぎたせいか日本では広まることはありませんでした。

④サーファーカット

1975年ごろからウルフカットよりはナチュラルな、サーファーカットが流行しました。

肩よりやや長めのセミロングの段カットで、湘南に出没していたサーファー女性が東京に現れ、話題になりました。

化粧はどうだった?

1960年代

女性

1960年代には、コスメの機能が細分化種類が多様化していきます。

また、濃いめのメイクを行うツイッギーの影響により、それまで影を潜めていたアイシャドー、アイライン、つけまつ毛などのアイメイクも大流行した。

男性

男性の頭髪化粧料は、ポマードや、自然に仕上がる液体整髪料(×固形整髪料)が人気でした。(重要)

1970年代

1970年代は、海や山のレジャースポーツが流行していたので、小麦色の肌が好まれていました。

また、機能性を追求した夏用化粧品も人気でした。

服装はどうだった?(重要)

1960年代

1960年代に、話題になった服装には、以下のようなものがありました

  1. 既製服
  2. ヒッピーファッション(ジーンズスタイル)
  3. アイビールックコンチネンタルスタイル
  4. 西銀座族」や「みゆき族
  5. ミニスカートとパンスト・ブーツ
  6. モッズルック

①既製服

1961年頃からパリのオートクチュールデザイナーによって高級既製服が作られ始め、日本でも販売され話題となりました。

②ヒッピーファッション(ジーンズスタイル)

ヒッピーとは、既存の制度・慣習・価値観を拒否して脱社会的行動をとる人々のことを言います。

1960年代後半、アメリカで既存の制度・慣習・価値観を拒否して脱社会的行動をとるヒッピー運動が生まれました。

ヒッピー達のファッションは、長髪に破れたジーンズなど奇抜な服装で、ヒッピーファッションと呼ばれました。

日本でもその影響で、ヒッピーファッションが生まれ、土・日になると新宿の街頭・ディスコ・ゴーゴー喫茶に集まっていました。

マスコミは彼らのことを何をするでもなくぼんやりとする意味の「瘋癲(ふうてん)」という言葉から「フーテン族」と名付けていました。

【ヒッピーまとめ】

ヒッピーとは 既存の制度・慣習・価値観を拒否して脱社会的行動をとる人々のこと
ヒッピー運動とは 既存の制度・慣習・価値観を拒否して脱社会的行動をとる運動のこと
ヒッピー達のファッション 長髪に破れたジーンズなど奇抜な服装
集合場所 土・日の新宿。街頭・ディスコ・ゴーゴー喫茶など
別名 フーテン族

 

「〇〇族」ってなに?

「〇〇族」というネーミングはほとんどがマスコミによるもので、〇〇族と呼ばれるファッションはストリートファッションと呼ばれ、一般のファッションと区別されています。

その特徴には、

  1. 一部の限られた若者にみられること。
  2. 彼から自らつくりだしたものであること。
  3. 奇抜なデザインが多いこと。

などがあります。

③アイビールック・コンチネンタルスタイル

1960年代 日本の若者にアメリカのアイビースタイル(男子学生スタイル)が紹介され、

1965年ごろ、髪形も含めて頭の先から足のつま先まで1つのトーンで統一するファッションの、アイビールック(男子学生スタイル)コンチネンタルスタイル(欧州調のスーツスタイル)が東京の原宿や青山を中心に現れ始めました(重要)

アイビールックは、髪は短くレザーカットで七三にし、液体整髪料やドライヤーなどを使って爽やかに仕上げるのが特徴で、

流行に左右されないアメトラファッション(アメリカン・トラディショナルファッション)として、それを支持する若者を中心に日本に定着していきました。

アイビーの語源とは?

アイビールックアイビーの語源には、ハーバードなどアメリカ東部の伝統あるアイビーリーグ校の校舎に蔦(ivy=つた)が多いからという説や、INTER-VARSITY(大学代表チーム同士)を略したという様々な説があります。

④「西銀座族」や「みゆき族」

1964年、東京の銀座でアイビールックをベースにした「西銀座族」や「みゆき族」が話題になりました(重要)

またこの時期に、黒や灰色などの暗い色を基調としていたメンズファッションをカラフルにしようというピーコック革命も起こりました。

「みゆき族」の、「みゆき」とは、みゆき通りという場所の名前から取られています!人名ではありません!

⑤ミニスカート

1959年にロンドンでメアリー・クワントが商品化してヤングファッションとして世界中に広まったミニスカートを、アンドレ・クレージュが1965年のパリコレで取り上げ話題となりました。

ツイッギーの来日後(1968年)に、 ミニスカートは日本で流行のピークを迎えますが、1970年には流行が終わります。

日本でのミニスカートの反応

  • 背の低い傾向の日本人に合うスタイルとして、世代を超えて受け入れられていった。(重要)
  • 脚の露出部分が多くなるので、同時にパンストブーツも流行した(重要)

⑥モッズルック

1966年になるとモッズルックという、青年たちの奇抜な服装が流行します。

1970年代

1970年代に、話題になった服装には、以下のようなものがありました

  1. ロックンローラーまたはフィフティーズ
  2. ディスコ族または竹の子族
  3. アンノンノファッション
  4. ニュートラ
  5. ハマトラ
  6. ロングスカート
  7. フォークルック

当時はファッション雑誌から流行が起きることが多くありました。

①「ロックンローラー」・「フィフティーズ」

1977年ごろ、東京の原宿・表参道に誕生した2つのストリートファッションのうちの一つ。

1950年代の映画『アメリカン・グラフィティ』に登場するストリートファッションを真似たものであった。

②「ディスコ族」・「竹の子族」

1977年ごろ、東京の原宿・表参道に誕生した2つのストリートファッションのうちの一つ。

竹の子族が着るような民族服を売っていた原宿の「竹の子」という人気店からこの名がついたとされています。

ただ、竹の子族の多くは自分での衣装を作っていました。

③アンノンノファッション

『an・an』『non-no』の雑誌スタイリストによって提案されたファッションのこと。

アンノンノファッションは、1970年代に話題になりました。

④ニュートラ

雑誌『JJ』によって紹介されたファッション。

ニュートラ=(ニュートラディショナル)という意味。

⑤ハマトラ

雑誌『JJ』によって紹介されたファッション。

ハマトラ=(横浜トラディショナル)という意味。

⑥ロングスカート

1970年代になるとミニスカートの流行も終焉を迎え、ロングスカートが登場しました。

⑦フォークルック

1974年ごろにはデザイナーの高田賢三(たかだけんぞう)によるブランド、ケンゾーフォークルックが流行しました。

フォークルックは、上はセーター、下はアイルランド産毛織物(アイリッシュツイード)のビッグスカートにブーツを組み合わせたものでした。



1960~70年代の出来事総まとめ表!

1960年代

1960年代の主な出来事
  • 1960年代 コスメの機能が細分化種類が多様化
  • 1960年代 アイビースタイル(男子学生スタイル)が紹介される
  • 1961年頃 高級既製服が作られ始める
  • 1964年 西銀座族」や「みゆき族」が話題になる
  • 1965年 アイビールックコンチネンタルスタイルが現れる
  • 1965年 ミニスカートが話題となる
  • 1960年代半ば アフロヘアが話題となる
  • 1966年 マッシュルームカットが流行
  • 1966年 モッズルックが流行
  • 1968年 ミニスカートが日本で流行のピークを迎える
  • 1960年代後半 長髪が見られるようになる
  • 1960年代後半 ヒッピーファッション

1970年代

1970年代の主な出来事
  • 1970年代 小麦色の肌が好まれていました
  • 1970年代 アンノンノファッションが話題になる
  • 1970年代 ロングスカートが登場
  • 1970年 ウルフカットが女性の間で流行
  • 1970年 サスーンカットが話題になる
  • 1974年 ケンゾーフォークルックが流行
  • 1975年 サーファーカットが流行
  • 1975年頃 ニュートラが『JJ』によって取り上げらあれる
  • 1977年 「ロックンローラー」・「フィフティーズ」、「ディスコ族」・「竹の子族」が誕生
  • 1970年代末 ハマトラが『JJ』によって取り上げらあれる

総まとめ問題

下図のうち、竹の子族ファッションに該当するものはどれか。

正解(3)

(1)オリーブ少女

(2)フィフティーズ

(3)竹の子族

(4)ニュートラ

若者の服装の流行に関する文章の ( )内入る語句として正しいものはどれか。

1964年の東京・銀座で、「西銀座族」とか「( )」とマスコミに名付けられた若者たちが話題になりました。

(1) 竹の子族

(2) みゆき族

(3) カラス族

(4) ディスコ族

正解(2)

(1) 竹の子族・・・1977年

(3) カラス族・・・1981年

(4) ディスコ族・・・1977年

ここに質問を入力

正解(2)

(1) ヘップバーンカット・・・1954年

(3) セシールカット・・・1957年

(4) ポニーテール・・・1955年